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「ぴあ music complex」1990年5月9日号(ぴあ)


「ガイア=地球」の音楽

「ニュー・アルバム「BROADCAST FROM HEAVEN」を発表したぱかりの高橋幸宏
そのアルバムのアートワークを手がけた横尾忠則。世界的に活躍する音楽家と画家とが
ある春の日に出会った。場所ば東京・成城にある画家のアトリエ。病気自慢から始まった対話は、YMO時代の裏話を経て、”地球”と”愛”の問題へ深まってゆく

構成・文/大須賀猛 写真/土屋明彦


横尾:高橋さん、花粉症なの?

高橋:ええ、(眼をこすりながら)今年は特にひどくて。

横尾:僕もこの間インドから帰ってきて以来、ずっと体調が悪くてね。

高橋:僕の家には生まれた時からヒマラヤ杉が3本あったんですけど、(アレルギーが)発症したのは17歳の時が初めてなんです。だからもう20年のつきあい。

横尾:僕は不眠症だね。ここんとこ一日おきに眠れる日と眠れない日が続いてる。花粉症にはいい薬はないの?

高橋:クスリには結構詳しいんですけとね、僕。でも(花粉症用の)点鼻薬はだめ。あれは鼻の中が充血して血まみれになる…。


「人間=マルチブルな存在」ということを敢えてくれるコクトーの手
高橋:横尾さんとは以前から面識はあったんですけど、仕事で組ませてもらうのは初めてですね。

横尾:やっぱり何か必然的なものがあったんだろうね。

高橋:なにか運命論的な…。どうして今回お願いしようと思ったのか明確な理由はないんです。ただ今回だけは横尾さんが引き受けてくれるような気になった。

横尾:人間っていつも電波を発しているでしょう、それを感じとったんだと思う。お互いに何か通じ合うものがあって…。

高橋:具体的な打ち合わせもほとんどしませんでしたね。とりあえず写真は撮ろうとか。あとは病気の話ばっかりしてて(笑)。僕、神経症ですごく悩まされてるから。

横尾:撮った写真見ても、全部神経症の写真なんだよね。アルバムは天国(ヘプン)のイメージなのに高橋さんは全然そうじゃない顔をしてる。でも、それはわかるの。自分のなかのそういうもの(神経症的なもの)を乗り越えようとして逆のものを求めるっていうのは。僕もそうだけど、自分のなかに対立するふたつの概念があって、その落差が大きければ大きいほど創造するエネルギーになる。まあ、そういう意味ではアーティストつていうのは殉教者みたいなもんだね。天国と地獄を行ったり来たりするわけで。

高橋:横尾さんの作品集は全部見てるんですけど、どういうふうにしてほしいっていうコンセプトはなかった。あったのは期待感だけ。

横尾:顔のまわりにぐるっと手を置いたのね。高橋さんの手を。あれは、自分自身をかわいがる、愛する、そういう意味合いもある。自分を愛さない限り、他人を愛することもできないでしょう。それから、手がいくつも描かれているのは、人間は本来マルチブルな存在だっていうイメージ…。

高橋:千手観音ですね。

横尾:そうそう。しかも、あの手は金色でしょ、だから、ゴールドフインガー…とか言ったりして(笑)。

高橋:今のはオチですか(笑)。

横尾:でもほんとはそんなこと考えてつくつてるわけじゃないんだよね。直観的に、衝動的につくつたんであって。なんでやったかわかんないままできたもののほうが、ストレートに感動を伝えると思う。観念は後からついてくる。

高橋:僕の手って変なんですよ。ガイコツみたいなの。自分ではジャン・コクトー(1)の手に似てると思ってるんですけど。

横尾:あの人、自分の本の表紙なんかにも千手観音的に手をコラージユしている

高橋:血管がくつきり浮き出てて。あの人はすごく自意識過剰だから、自分で腕を押さえてわざと血管を浮かせてたんじゃないかなんて思いますもんね。それくらい自分の手を意識してる人だった。そのイメージがあったから、今回の横尾さんの作品を見てすごくうれしかったんです。コクトーつてマルチな人でしょう。あの時代に、アーティストはいろんなことしていいんだって最初に言った人だし。

横尾:アンファン・テリブル(恐るべき子供)といえば、彼みたいな人をいうんだろうね。当時の評価は、低かった。


「恋愛の高掃感」が、いまの芸術の世界には不足している
横尾:多くの人が、単一のアイデンティティを主張しているでしょう。これは、おかしい。どのジャンルにも属さないということのほうが、人間的だと思う。

高橋:山本耀司(2)もそんなこと言ってました。ファッション・デザイナーが音楽やったっていいじゃないかって。

横尾:スモール横尾忠則、スモール高橋幸宏っていうのが自分の中にたくさんいるわけ。そいつらの何人かはまだ活動してない。たとえば僕は歌はうたわないけれど、そいつを引つ張り出してきて訓練させればやれるかもしれないしさ。愛情だっておんなじで、本当は奥さんひとりってのはおかしいんだよ。もっとたくさん、もっと平等に女の人を愛することはできる。

高橋:愛ってことで言えば、でも、今の若い人なんかは恋愛で傷つきたくないって思ってるみたいなんですよ。傷つかない恋愛なんてないのに。

横尾:傷つくことがいかに快楽的で狂気に満ち満ちてるかってことをもっと教えてあげないとだめだね。

高橋:観念的なんですよね。

横尾:観念的な社会だから、生活も文化も観念的になる。恋愛の高揚感みたいなものが薄れてきてるから芸術の世界もつまらなくなってるんだ。もっとみんな興奮しないと。音楽聴いた後、隣にいる女の子にわーっとむしゃぶりつくとかそのまま飛び出してどっか行っちゃうとかそういう興奮が必要なの。また、そういう音楽をつくり出さなきやいけない。


横尾(ぼく)が「4人めのYMO」としてさ加しなかったその理由
高橋:ところで、横尾さんとはYMOの頃にもよくお会いしましたね。

横尾:そうだね。メンバーにはいりませんかって言われて……。

高橋:4人でやるって話もあった。

横尾:ステージとか映像とかビジュアルだけを担当するメンバーとしてね。それで、まずあなたにタキシードをつくつてもらって、次に髪をテクノカットにした。そしたら細野くんから電話がかかってきて「あれ、もうカットしちゃつたんですか、はやいなあ」って(笑)。言い出しっペのくせに自分はまだやってないんだ。

高橋:(笑)。

横尾:それで(YMO結成の)記者会見が近づくうちにだんだん恥ずかしくなっちゃってさ。結局やめることにしちゃつた。

高橋:僕も教授(坂本龍一)も大賛成だったんですけどね。

横尾:うちの子供に言わせると、はいらなくてよかったって。パパはいったらYMOの平均年齢が上がってかわいそうだっていうわけ(笑)。その時のタキシードはまだ残ってるけど、いまちょっと太ってるから着られないだろうなあ。

高橋:ああいうこともタイミングですからね。

横尾:そう。結局、やれることはやれるし、やれないものはやれない。なにことも必然なの。偶然の出来事なんてのはほんとはないんだ。


人と人の出会いに偶然はないすべては、いつも「必然」のエネルギー
高橋:たとえば「こういうことが起こる」って思い込んでると、必ずそういうエネルギーを呼び込むことってありますよね。

横尾:あるある。僕なんか、60年、70年、80年って10年ごとに交通事故に遭ってるわけ。で、今度は90年にあるなと思ってたら、ちょっとずれたけど、去年の暮れに追突された。

高橋:いいことなら呼び込んでもいいんだけど…。

横尾:でも、事故起こして、あ、しまったと思うのと同時に、これでよかったとも思うんだよね。これで今引き受けてる仕事、全部断われるっていう(笑)。

高橋:ははあ、休むにはその手があったか。

横尾:休んで、それまでできなかったことをやりたいと思ってるから、潜在的にそういう(事故のような)ことを呼び込んでるのかもしれない。

高橋:破滅願望とはちょつと違いますよね。ポジティプになるためには必ずネガティブな裏づけがないとだめなわけだから。逆にポジティプな姿勢でいないと全体的に人間は悪い方向へ行ってしまう。

横尾:たとえば、スプーン曲げだってさ、99%は曲がるかもわかんないけど、あとの1%くらいは曲がらないんじゃないかなって思うじゃない。その1%が曲げさせてくれないんだよね。もっと単純に思い込めば曲がるわけ。今日ここで対談してるのだってお互いの過去の想念の結果いるんであってね。どんなことだって必然なの。

高橋:僕、1983年に「COINCIDENCE」(3)って曲をつくつたんですけど、それは、人と人が出会うのは必然的なもので偶然ということはありえないというテーマの曲なんです。

横尾:東欧の改革なんかもね、みんながみんなひとつのことを願望して必然的に起こつたんだと思うよ。ひとつの思いが集中して。


生命体としての地球がいま「救済されたい」と願っている
高橋:今回のアルバムの「天国からの中継」というタイトルはある映画の題名からインスパイアされたものなんです。歌詞のなかにも”天国から友だちがおりてくる”(4)というフレーズがあるんですけど、なにか最近多いんですよね、映画にしても何にしても、天国のイメージの作品が。

横尾:それってやっぱりシンクロニシティ(5)じやないかな。みんなの無意識の要求がそこに集中してるんだと思う。お互いに波動を送り合って同時多発的に同じようなテーマを選んでるんだよ。

高橋:アルバムの最後で「世界は愛を求めてる」(6)という曲をカバーしてるんですけど、ある種のメッセージなんですね、それが。神様、愛が必要です、ということ。僕は今まであまりそういうことをやってこなかったんですけと、この曲は詞の内容で選んだ。「60億の天国」つていう曲では環境間題について触れてたりする。僕がこれまで避けて通ってきた部分なんですよ、直接うたうことでは。

横尾:地球っていうのはひとつの生命体=ガイア(7)でしょう。われわれ人間は常に地球に足をつけてるわけだから、地球の一部でもある。だから、地球からの呼びかけでそういう発想も起こつてくる。みんな自分自身を徹底的に愛すれば、当然地球のことも愛せるはずなんだけど、現実にはそうなってないよね。だから、環境問題がクローズアップされるんだと思う。

高橋:もっと悪い状況になったらはたしてみんながどれだけのことをやるのか。まあ僕はそんなにネガティブに考えてないですけど。そういう状況が来ないように、僕な りのやり方で、じわっと伝えていくしかない。

横尾:みんなが気づくような、そういう音楽をね、つくつていってほしいね。あなたの花粉症だって病んだ文明と関係してるわけでしょう。

高橋:神経症もね。でも、成城の空気を吸ったら(花粉だらけだけど)少し元気になりました (笑)。


横尾忠則 1936年兵庫県生まれ。'81年にグラフィックデザイナーから画家に転向。絵画のほか、版画、ビデオアートなと幅広い制作を続けている。作品集「龍の器」(パルコ出版)、著書「私の夢日記(角川文庫)ほか多数。4/28より、京都にて、横尾忠則版画展開催の予定。

高橋幸宏  1952年東京生まれ.サディスティック・ミカ・バンド、YMO、ビートニクスなどで、個性的な音楽活動を展開.89年、初のエッセイ集「犬の生活」を発表.「1%の関係」も収録のアルバム「BRODACAST FROM HEAVEN」は、東芝EMlより.4/27、5/4に は、新宿厚生年金会館にて、コンサートの予定。

[本文脚注]
(1)ジャン・コクトー・・・1889〜1962。小説・絵画・彫刻・デザイン・戯曲・映画・俳優など多方面に活躍したフランスの芸術家。10代で詩人としての地位を確立、30代で「恐るべき子供たち」を発表して世界的作家となった。アバンギャルド映画の傑作「詩人の血」を撮って映画界へ進出。この作品をはじめ、「美女と野獣」「オルフェ」などの代表作はビデオ化されている。
(2)山本耀司・・・言うまでもなくY'sブランドのあの方です。87年のバリ・コレの音素は高橋幸宏が監修。最近は山本自身もミュージシヤンとして活動している。
(3)「COINCIDENCE」・・・'83年の高橋のソロ・アルバム「薔薇色の明日」に収録されている曲。訳は。“偶然”ピーター・バラカンがバックグラウンド・ボーカルで参加している。
(4)“天国から友だちがおりてくる”・・「BROADCAST FROM HEAVEN」に収録されている曲「60億の天国」のなかの一節。作詞は鈴木慶一。
(5)シンクロニシティ・・・同時性、共時性なとと訳されるが、同じ時刻(時代)に別々の場所で同じような出来事が起こることをいう。ステイングがいたポリスのアルバムに「シンクロニシティ」というのがあった。
(6)「世界は愛を求めてる」・・・ジャッキー・デシヤノンが'65年にヒットさせたパート・バカラック&ハル・ティヴィツド作の名曲。原題「WHAT THE WORLD NEEDS NOW IS LOVE」。カーペンターズなともカバーしている。
(7)ガイア・・・地球は単なる惑星ではなくひとつの大きな生命であるとする説。エコロジーヘの関心の高まりによって最近注目されつつある。